スキルか選択か?
今相手の話を聞けるようになりたい、気づきを生む問いかけができるようになりたい、相手の成長をアクノレッジできるようになりたい、など、クライアントには様々な「〇〇できるようになりたい」があります。
そして多くのクライアントは、そのために「もっとスキルを身に着けたい」と口にします。
しかし「何かができるようになる」ためには、必ずスキルの向上が必要なのでしょうか。私は、別の要素が関係することも多いのではないかと考えています。
私がコーチしたTさんのテーマは、部下がもっと自分で考えるような関わりをすることでした。そのためにも誘導せずに質問するスキルを身に着けたいとTさんは言います。
私は、Tさんが普段部下にどのように質問していているのかを知るため、セッションの中で短い時間、私をコーチしてもらうことにしました。実際にTさんにコーチをしてもらうと、誘導されている感じは全く受けません。質問もほとんどがオープンクエスチョンで、むしろ、私は自分の考えを自由に、とても気持ちよく話すことができました。
私が感じたことをフィードバックすると、Tさんは
「今は誘導しないということをとても意識してやりました。だからできたんです。」
と言います。そこで
「普段のTさんと何が違うんですか?」
と聞いてみました。Tさんは少し考えて、ゆっくり話し始めました。
「相手が部下だと、限られた時間内に何か結論を出さなければ仕事が進まないと私自身が焦っているのかもしれません。自由に考えてもらうより結論を出すことを優先させているんでしょうね。」
ともすると私たちは、何かをやろうとするときに、特別なスキルがないとできないことと、自分の中の優先順位が違っているためにできないことを混同しがちではないでしょうか。
速く走ることやきれいな字を書くこと、上手に歌うことなど、スキルが必要なことももちろんあります。しかし、コーチングの中でクライアントが持ち出す「〇〇できるようになりたい」の中には、優先順位が違うためにできていないものも少なくないように思います。自らの優先順位を振り返り、選択するものを変える。それだけでできるようになることは、たくさんあるのではないでしょうか。
さて、Tさんも質問するスキルは十分に持っていたようです。次のセッションでは
「この2週間、結論を出すことを脇に置いて、部下の話をとにかく聞きました。部下にも話したいことがいっぱいあったんですね」
と嬉しそうに話してくれました。
日本コーチ協会 会員
片桐 広志