コーチングニュース Vol.229

旅とコーチング

旅とコーチング

今日、コロナ禍によって、私たちは移動の自由を制限されています。移動の自由がないことで、私たちは何を失っているでしょうか?

36歳で没したモーツァルトは、その人生の3分の1を「旅」に費やしていたといわれます。彼は父親からザルツブルクに留まるように要請され、「自分の音楽的才能は、旅に出て様々な新しい音楽に触れることによってこそ 花ひらくのにザルツブルクに閉じ込められていたら、このまましおれてしまう」と嘆いたと言います。

私たちの日常に、知らず知らずの間に「初期設定」が組み込まれています。たしかに「旅」は、そうした無意識の「初期設定」をクリアにしてくれる機会となります。同じ環境に身を置いていては気づくことのできない「無意識の枠組み」から私たちを解放し、新しい視点を与えてくれます。

早稲田大学の入山章栄氏は「創造性は人生における累積の移動距離に相関する」と述べています。

どうやら「旅」と「創造性」とは、強い関係がありそうです。

『イノベーションのDNA』を書いたクレイトン・クリステンセンらの研究でも、「イノベータの多くは、新しい環境や新しい国や企業を訪問していること。」を指摘しています。なぜなら人は新しい環境に身を置くと、無意識のうちに何がこれまでと違うのかを理解しようとして思考を柔軟にし、その違いをよく観察するからです。そして、そのことが新しいアィデアを生む土壌をつくることに貢献するのだといいます。

私たちは、長引くコロナ禍で、移動の自由を失い、「創造性」を生み出すひとつの契機を失っているのかもしれません。しかし、もしかしたら「コーチング」は、その一部を補う役割を果たすことができるかもしれないとも思うのです。

コーチとクライアントは「対話」を通して相手と向かい合います。「対話」とは、「違い」を前提に向き合うコミュニケーションです。「共通性」を前提に進行する「会話」とは異なります。

「違い」はお互いに無自覚だった、それぞれの前提や固定概念を浮きぼりにします。そしてそれはコーチとクライアントの双方に新たな視点をもたらし、その結果、ともに新しい概念や価値を選択できるようにもなります。 そのことはお互いの「創造性」を高める契機になるのではないでしょうか。

もちろんコーチングは「旅」がもたらす喜びや効用に代わるものではありません。それでも「コーチング」には、心の自由をもたらし、視点を変えてくれる、そんな価値があると思うのです。

【参考資料】 山口周著『自由になるための技術 リベラルアーツ』講談社、2021年
クレイトン・クリステンセン/ジェフリー・ダイアー/ハル・グレガーセン著
『イノベーションのDNA』翔泳社、2012年

日本コーチ協会 会員
市毛 智雄