頭を離れないフィードバック
その瞬間を鮮明に思い出せるほど、頭を離れないフィードバックをもらった経験はあるでしょうか。
私の頭に浮かぶのは、自分が育成開発を担当していたAさんからもらったフィードバックです。
Aさんは私より10歳以上年の離れた若いメンバーです。
私の中には「前進してほしい」と情熱が沸き上がる感覚がありました。
彼が仕事で成果を上げながら、さらにどんな成長をしていくか、またどういうキャリアを歩んでいくかと
いったテーマについて、一緒に考える時間を毎週1回持っていました。
彼の話を聞いていると「頑張ってほしい」という気持ちはあるものの、一方で「理解できない」
「どうしてそういう考え方をするのだろう、おかしい」と感じる自分もいました。
「自分は穏やかだ」と自負していた私が、穏やかではいられない存在、それがAさんでした。
ある面談で、Aさんが突然言いました。
「小林さん、怒っていますか?」
怒りの感情はないはずだと思いながら、内心ドキッとしました。
「いやぁ? 何が? どうしてそう思うの?」
と冷静を装いつつ、聞き返します。Aさんは、
「僕の勘違いならいいんです」
と言います。そうなると、もう気になってしかたありません。
「どうしたの? 何を思ったのか話してほしいんだけど」
と何度か促すと、Aさんが言いました。
「怒らないで聞いてほしいんですけど、小林さん急に目が怖くなる時があるんです」
重ねて、こうも言われました。
「例えて言えば、けんか腰の目つきになるんですよ」
「フィードバックをありがとう。自分ではそんなつもりはないんだけど、もしかしてマスクしているからかもしれないね」
私は半分ごまかしつつ、すごく重たいものを心の中に感じていました。
これまでと違うフィードバックの体験
それから数日間、このフィードバックに居心地の悪さを感じながら過ごしました。
周囲にも「こんなことがあった」とAさんとのエピソードを話していたのですが、いまから思うと、
自分一人では抱えきれず、気を紛らわすためだったかもしれません。
しかし、なぜか不思議なことに、自分の中にどこかすがすがしい気持ちも生まれていました。
例えるなら、子どもの頃、親に隠し事が全部ばれてしまったときのような感覚です。
もうこれ以上、頑張って隠すことは何もないというような、すっきりとした感覚でした。
そしてその感覚とともに、Aさんに対して感謝の気持ちも湧いてきました。
コーチとして研鑽していく中で、これまでも周囲からたくさんのフィードバックをもらってきました。
どれも自分の心にグサッとくる、重要なフィードバックでした。
ただ今回のフィードバックは、私にとって何かが違うようです。
なぜこのフィードバックが頭を離れなかったのでしょうか?
聞きたくなかったフィードバック
これまでもらってきたフィードバックは、自分にはできていないという自覚のあるものに対するフィードバックでした。
内容は厳しくても、成長のために必要なことと、素直にそこに注意を向けて頑張ろうと思うことが、ほとんどでした。
しかしAくんの「けんか腰の目つきになる」というフィードバックは「できていない」という現実を目の前に突きつけてきました。
私にとっては「聞きたくなかった」フィードバックだったのです。
私は上司として、次のようなセルフイメージをもっています。
・相談を持ち掛けやすい上司
・話を受け止めてくれる上司
・思いやりの心を伝える上司
・相手を軽やかにする上司
・労う上司
これらに加えて、とにかく恐怖で相手をねじ伏せるような上司には絶対になりたくないという思いもありました。
これは、そういう人の前ではパフォーマンスを発揮できなかったという自分自身の過去の経験から来ています。
こういったセルフイメージは、自分がこうありたいと強く思い、常に意識してきたことです。
また、過去の経験から、自分の中では「できている」という確信もありました。
Aくんからのフィードバックは、そんな私のセルフイメージを覆しました。
一方で、そのフィードバックのおかげで、少し気が楽になったのも確かです。
自分のありのままを受け入れ、セルフイメージを守ろうと、よい上司を演じる必要がなくなったのかもしれません。
フィードバックから広がった私たちの新しいコミュニケーション
Aさんにはフィードバックを受けて私が学んだことや感謝を率直に伝えると同時に、今後も感じたことがあれば
こんな風に教えてほしいとリクエストしました。
これ以降、私たちのコミュニケーションにも変化がありました。
私自身は、セルフイメージへのこだわりが減ったのか、前より彼との対話に集中できるような感覚があります。
また「けんか腰の目つき」とラベルがついたことで、その目つきが現れた時に、彼がいつでもフィードバックをくれます。
「小林さん、またあの目つきが出ていますよ」
こうしてフィードバックを頻繁にすることで、彼自身もそんな目つきの私を受け入れやすくなったのかもしれません。
このフィードバックをきっかけに、私たちはお互いのことについて、より率直に話をするようになりました。
彼が目標を達成し、共に喜びを分かち合えたことは、この体験をさらに強い思い出にしてくれました。
組織変更があり、現在、私たちは同じチームではなくなりました。
そんな中でも、彼から定期的に相談の連絡があるなど、私たちの関係は続いています。
もし私たちが、「私の聞きたくなかったフィードバック」に触れることがなければ、私はAさんという人に深く触れることもなく、
また、彼も小林に深く触れることはなかったと思います。
深く触れ合うことがない限り、強固な関係性を築くことはできないのではないでしょうか。
あなたがもっと関係を強固にしたいと思っている人に、勇気をもって聞いてみるとしたら、
あなたが一番聞きたくないフィードバックポイントは何ですか?
日本コーチ協会 正会員
小林 裕介
コーチングニュース Vol.252
2023年07月04日