私には今年6歳になる息子がいます。来年息子が小学校に入るので、日々の出来事や
いろんな感情の変化を話せる環境を整えておくのが大事だと考え、毎晩の夕食の時間に、
その日の出来事や、息子の感じたことを話してもらおうとしています。
息子にたくさん話してもらうために私が大事にしてきたのは、事前の情報収集です。
夕食の前に、保育園から配信されるその日の出来事や写真を見て、今日は誰とどんな遊びを
していたかを確認します。そのうえで息子が何に興味を抱いていそうなのか仮説を立て、
「今日は保育園で何したの?」
「どんなことが楽しかった?」
と聞くようにしてきました。
4歳頃までは、何も聞かなくても自らペラペラと話してくれていた息子が、最近は様子が
変わってきました。私の問いかけに対して、
「忘れちゃった」
「特に楽しいことはなかった」
「別に」
と、はぐらかすようになったのです。
ある日、「なんで話してくれないの?」と思った私は、とっさに事前にインプットした
情報にアクセスして、
「●●くんと一緒に写っている写真、見たよ!」
と言いました。すると
「じゃあ、僕が今日何していたか、もう知っているでしょ」
と、まさかの反応が返ってきました。
言葉に窮した私が、
「園庭で、氷鬼していたんでしょ。楽しかった?」
とクローズドな質問をすると、息子からは一言
「うん」
という回答を得られたのみ。
問いを変えたり、アクノレッジしてみたり、息子の反応に対する私の感情を伝えたりと、
手を変え品を変え聞き出そうと試行錯誤しましたが、その日以降も、何ら息子の感じていること、
考えていることに触れられない日々が続きました。
「問いかける側」「答える側」という役割からの解放
そんなやりとりが続いたある日のこと。
私は仕事で疲れがたまっていて、いつものように情報収集し、仮説を立て…というやり方で
息子の話を聞く気力もありませんでした。
息子を前に自然と、
「ママ、今日はお仕事でいろんなところに行ったから疲れちゃったよ」
と愚痴のような一言が漏れました。そんな私に息子は
「え、どこに行ったの?」
と聞いてくれたので、私はどんなところに行ったのか、その中でママはどんな人とお話を
しながらお仕事を進めているのか、また、疲れているけれども、実は楽しい発見もあったことを
とりとめもなく話しました。すると息子から、
「僕も今日、発見したことがあるんだ! 実はね~」
と、聞いてもいないのに、保育園であったことをペラペラと、しかも詳細に話してくれました。
息子の話を聞きながら、頭には「なぜ今日はこんなに話してくれるんだろう?」そんな問いが
浮かんでいました。
これまでの息子とのやりとりをあらためて俯瞰して見て、それまでの私と息子の間には
「問いかける側」と「答える側」という役割分担があったことに気づきました。
「問いかける側」の私は、事前に情報収集をし、仮説や問いを立て、息子に聞く。
息子はそれに「答える側」。
私は、息子から話を「引き出そう」と力んでいたのです。
ところが、私が「ママ疲れちゃったよ」と自分のことを語った瞬間、私と息子の関係性は、
「問いかける側」と「答える側」という固定化された役割から解放されました。
すると、不思議なことに、その場が息子にとって「正しい答えを探す場」から「安心する場」に
変わったのだと思います。
関係性や場の変化が、息子が「問いに答える」ではなく、「自分から話す」へと変わるきっかけに
なったのではないかと思います。
自分を「ひらく」ことが心理的安全性を醸成する
私たちコーチがクライアントとの間で行う「対話」とは、単なる情報交換ではなく、お互いの違いを
起点に、新たな意味や価値を共に創造する営みです。
そして、その「違い」の源泉となるのが、私たち一人ひとりが持つ「主観」です。しかし主観を
表現することは、口で言うほど簡単なことではありません。自分の考えを表明することには誰しも
不安や葛藤が伴いますし、そもそも主観が何かを明確に言語化できていないこともあるでしょう。
だからこそ対話を始める上では、「主観を伝えても大丈夫」という心理的安全性のある関係を
築く必要があります。
私は、過去の経験から、息子との間では「すでに心理的安全性はある」と過信していたのだと
思います。
しかし、関係は常に変化し、築き続けていくものです。そうしたときにこちらからできる
アプローチは、相手にむりやり問いかけることや、相手から話してくれるのを待つことではなく、
まず「自分をひらく」ことなのではないでしょうか。
コーチング・セッションにおいても、先の私と息子のようなやりとりが起こる可能性があります。
クライアントの話を丁寧に聞こうとするあまり、ついコーチが「問いかける側」に回りすぎてしまう。
結果として、場がインタビューのように一方通行になる。だからと言ってこちらの主観を伝えすぎても
「対話」にはなりません。
そんなときは例えば、コーチ側の主観を持ち込み、「今の私の話を聞いて、どのように感じましたか?」と
問いを付け加え、双方向にすることで、クライアントの思考、感情、行動にチャレンジし、気づきや洞察を
引き起こす対話をもたらす可能性があります。
またコーチとしてのプレゼンスを意識するあまり、自身の弱さを見せないようにしてしまう、そんなことも
あるかもしれません。
息子とのやりとりでも、しっかりと仕事をしている母を意識するあまり、「疲れた」という自分の弱さを
表現することを無意識に避けていたように思います。
コーチ自身が「今どう感じているのか」を等身大で伝える姿勢は、クライアントにも「等身大でいて
いいんだ」という安心感と信頼を与えます。
相手の主観を聞き出すために、まず「自分をひらく」ことから始めてみませんか?
日本コーチ協会 正会員
伊藤珠恵
