コーチングニュース Vol.288

私も変わらない。あなたも変えない。だけど、二人の関係性は変えられる。

「一度こじれた関係は、もう元には戻らない」

仕事の現場で、そう感じた経験を持つ方は少なくないのではないでしょうか。

実際にクライアントから
「あいつとは二度と口を聞きたくない」「出来る限り、関わらないようにしている」
という言葉を聞くことがよくあります。

「何年も前(あるいは何十年も前)の会議で、提案内容をこき下ろされて面子を潰された」
「手柄を奪われた」
「自分についての陰口が耳に入ってきた」

自分自身の似たような体験が思い出され、「こじれた関係を修復しにいくなんて、極めて
難しいことだな」と同調したくなります。

しかし、本当に、一度こじれた関係は元に戻らないのでしょうか? 

この問いについて、最近立て続けに経験した2人のクライアントとのコーチングから
大きな学びを得ました。

■長年の確執を超えて共通の使命にたどり着いたB氏

創業家三代目社長A氏と、私のクライアントB氏の間にはこじれた関係がありました。
発端は、数十年前の出来事です。
若き日のB氏は、次期社長として着任したばかりのA氏に対し、他の社員の前で公然と異を唱え、
A氏の面目を潰しました。それ以降、両者は互いに心を開かないまま年月を重ねてきました。

転機は、A氏が退任まで残り1年と定め、現場経験も豊富で社員からの人望も厚いB氏を後任の
社長に任命したことでした。
A氏がB氏を指名したのは、社員からの人望が厚い、クライアントにも覚悟をもって対峙できる、
という理由からでした。 内示を受けたB氏は、A氏が自分を後任として選んでくれたことに驚き、
また「認めてくれていたんだ」ということをとても喜んでいました。
それにもかかわらず、B氏が「A氏との関係修復には触れない」という選択をしているのが気に
なっていました。A氏はB氏に一定の信頼をおいていたにも関わらず、B氏自身はずっと「A氏との
関係がこじれている」と思っていたのです。

私は、B氏に問いかけました。
「この会社の社長であるあなたは、何をする存在なのか?」
「前任のA氏が本当に大切にしてきたことは、何なのか?」
「あなたは、何を大切にしていくのか?」

こうした問いを通じて、B氏は社長という立場になってはじめて、A氏が担ってきた経営の重みを
理解し、尊敬と感謝の念を抱くようになります。

お互いの関わりが、勝ち負けや承認をめぐる目的から、「組織をどう次世代に引き継ぐか」という
一段上の目的へ。
この視点の転換によって、相手は競争相手ではなく、共に目的を担う存在として再定義されて
いきます。いま、お二人は少しずつ、互いに向き合おうとしています。

■自分の証明をやめたC氏

企業の主要事業部門のリーダーであるC氏は、海外赴任が決まった本部長の後任と目されて
いましたが、過去の評判を理由に昇格を見送られました。過重な任務の中で見せた強い言動が、
周囲との関係性を悪化させ、周囲から負のレッテルを貼られてしまっていました。C氏は退職も
視野に入れていました。

セッションの中で、彼は「自分は何を成し遂げたいのか」という問いに向き合いました。
グローバル化の中で果たしたい役割、その社会的意義。熱い思いを語る中で、彼の視点は変わって
いきました。

それは、「自分の負の評価を覆す」ために周囲と関わるのではなく、「目的にふさわしい関わり方を
選ぶ」という転換でした。C氏が実現したい会社全体のグローバル化のために、これから関わる
人たちに自分がどう接するか、誰との関係をどのように築き直していくか。
C氏は、それを自ら選び始めています。

■正しさではなく、目的が関係をつくる

人は、誰かを傷つけようとして関係をこじらせるのではなく、「何かを守ろうとして」関係を
こじらせてしまうのかもしれません。B氏とC氏のお二人も、それぞれの責任を背負い、その時点では
会社や社員のために正しいと信じる行動を選んでいました。しかし、その「正しさ」がときに相手の
自尊心を傷つけ、互いの心に距離を生んでしまうことがあります。

一度傷ついた関係を修復することは、簡単ではありません。
だからこそ、多くの人は、その関係に再び踏み込むことを避けます。それでもお二人は、過去の
正しさではなく、「これから何を実現したいのか」という未来の目的に意識を向け、関係性に
向き合うことを選ばれました。

私が心を動かされたのは、B氏もC氏も「相手を変えよう」としたことではなく、「目的を変える
ことで、関係性を変えよう」とされたことです。そしてそれは、関係が「元に戻る」ということとも
また違うのでしょう。
新たな関係性が築かれていくということなのだと思います

・いま自分は、この関係の中で何を守ろうとしているのか
・その目的は、相手と戦うことを前提としていないか
・もし一段高い目的を置くとしたら、それは何か
・その目的に立ったとき、自分の関わり方はどう変わるだろうか

人は相手を直接変えることはできません。
でも、「どんな目的で、その関係の中に立つか」は選ぶことができます。そして、その選択が、
関係の質を少しずつ変えていくのだと思うのです。だからこそ、私は自分自身にも、こうした問いを
持ち続けたいと思っています。

■関係性は変えられる

「私も変わらない。あなたも変えない。だけど、二人の関係性は変えられるよね」

この言葉は、コーチ・エィに入社した当初、先輩方から教わった、私の好きな言葉の一つです。

私も今回ご紹介した二人のように、本当に成し遂げたいこと、そこに向けた覚悟と責任をもって、
関係性にチャレンジできるリーダーになりたいと思っています。そして、このメッセージを、
同じような関係の中にいる方たちに届くよう、願っています。


日本コーチ協会 正会員
田邉 曜子