コーチングニュース Vol.249

学び方を学ぶ

学び方を学ぶ

「豊川くん、オフィスまでの道すがら、スキップして出社してきて。そして、感じたことを教えて。」

これは、コーチ・エィに入社した当時、自分のメンターコーチであるAさんから課されたお題です。
コーチングのトレーニングだと言われたものの、このお題を聞いたときは非常に困惑しました。
(スキップなんて、コーチングの品質を上げることと、全く関係ないじゃないか!)
私は、論理的に納得できないことには、取り組みたくありませんでした。
スキップすることとコーチングの品質とは、関係がない。だから、そんなトレーニングは意味がない。そう思っていました。

納得のいかない私は、このトレーニングに取り組む理由をAさんに何度も尋ねました。しかし、Aさんは
「明日スキップして出社してね。数回のスキップでもいいから。そうしたら、豊川くんがどう感じたか教えてね。」
と言うだけ。理由を教えてくれることはありませんでした。

「感じた」ことを口にしてみる

翌日、依然として納得はいっていませんでしたが、それでも、オフィスへの道すがら、
周りに人がいないかを確認し、私は1回だけスキップしました。
(恥ずかしい。なんで自分は、こんなことをやっているんだ・・・。)
その後、また周りに人がいないかを確認して、もう1回スキップしました。
(やっぱり恥ずかしい。なんで、こんなことをしなければならないんだ。)
そう思った次の瞬間、気が付いたことがあります。

(ん? でも、自分を気にしている人は、誰もいないんじゃないか?)

そこで、さらに周りを確認した後、今度は3回スキップしました。
(まだ恥ずかしい。でも、ちょっとウキウキしてきた。もう1回くらい、スキップしてみようかな。)
そして今度は周りを確認しないで、5回スキップしました。

(恥ずかしいけど、楽しい。周りから変な人と思われても、まぁ、いいか。)

オフィスに着くと、Aさんは私にどうだったかを尋ねてきました。
私は、「恥ずかしい、ウキウキする、楽しい」と「感じた」ことをAさんに伝えました。
それと同時に、私はそれまで、自分の「感じた」ことをほとんど表現したことがなく、
「考えた」ことや「思った」ことばかりを表現していたことに気づきました。

感じたことより考えたことを優先している理由

このときの経験から、自分なりに時間をかけて学んだことが2つあります。

一つは、自分の感情にアクセスすることの大切さ。
そしてもう一つは、スキップのような行動が自分の心に与える影響です。

NVC(Non-violent Communication;非暴力コミュニケーション)を提唱したマーシャル・B・ローゼンバーグ氏は、
感情を表現する語彙が増えると、自分の気持ちを的確に把握して表現できるようになり、
結果として、容易に人と気持ちを通い合わせることができるようになるといいます。(※1)

しかし、日常を振り返ってみれば、「感じたこと」より「考えたこと」に価値が置かれていることがほとんどです。
学校でも会社でもそうでしょう。
そして、「考えたこと」は、地位と権威をもつ存在に「正しい」か「正しくない」かジャッジされます。
そうした環境に長く身を置いていると、自らも「正しい」か「正しくないか」に気を取られ、
自分自身に目を向けるよりも、他人の顔色を伺うようになります。
そういう中で、「正しい」も「正しくない」もない「感情」に、目を向ける機会を失ってきたのかもしれません。

また、医学博士のジャン・チョーズン・ベイズ氏は、スキップや片足で跳ねるなどの「バカ歩き」は、
自分で心の状態を変えられる手法の一つであるといいます。
心がネガティブなときや落ち込みそうになっているときに「バカ歩き」をすると、心が軽くなる。
「バカ歩き」に効果があるのは、体と心が一体で、互いに深く依存しているからだそうです。(※2)

この方法は、自分で自分の気分を変えることで、うまく機能していない自分を観察できるようです。
感情と距離を置き、起きていることを客観的に眺めれば、抱えている問題が、小さく見えてくるのかもしれません。

学ぶために必要なマインドセット

Aさんは数年前に定年で退職されて、私がこの原稿を書いている今、会社にはもういらっしゃいません。
Aさんは、このトレーニングの意図を最後まで教えてくれませんでした。
ですから、Aさんが何を意図していたかは正確にはわかりません。

しかし、この体験を通して、私は、学ぶために必要なマインドセットを手に入れたと思っています。

1.まずは素直にやってみること
つまり、やる前から自分で勝手に解釈して、「いい、悪い」「役に立つ、立たない」を判断しないようにすること。
2.体験してから、理解する
なぜなら、体験より理解が先行すると、これまでの自分の枠の中で理解することになるからです。
「体験」は、時にその枠を軽々と超えさせてくれます。
3.正解はない
自分の体験は、他者のそれとは異なる唯一無二のものです。
 そこから学ぶことこそが、自分にとっての正解なのだということ。
スキップを通して学んだことはもちろん、その学びのために必要なマインドセット、つまり「学び方を学べたこと」が、
いまの私の学習を支えています。

<参考文献>
※1
マーシャル・B・ローゼンバーグ(著)、安納献(監修)、小川敏子(訳)
『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版』株式会社日経BP、2022年
※2
ジャン・チョーズン・ベイズ(著) 、石川善樹(監修)、高橋由紀子(訳)
『「今、ここ」に意識を集中する練習』株式会社日本実業出版社、2016年

日本コーチ協会 正会員
豊川諒