朝井リョウさんの小説『イン・ザ・メガチャーチ』に、こんな一節があります。
「神様がいない世の中で人を動かすのに一番便利なのは物語だ」
最近あるクライアントとのセッションを通じて、この言葉が深く腹落ちする経験を
しました。
「ベテランは消極的」という物語
M&A後の統合プロジェクトを率いるそのクライアントは、困惑していました。
彼の会社は「次の10年を創る」という視点で、プロジェクトメンバーに次世代経営層を
選出しました。一方、買収先企業は既存ビジネスに精通したベテラン事業部長たちを
プロジェクトに送り込んできました。
「なぜ彼らは変化を見据えた人選をしないのか」
クライアントのこの言葉に、私も頷いていました。
「変革期に必要なのは新しい視点を持つ人材だ」と、私自身も当然のように思った
からです。ところが、セッションを終えてクライアントと別れた後、妙な引っかかりが
残りました。
「本当に、ベテラン事業部長をプロジェクトに送り込んできたのは『間違い』なのだろうか?」
そう自問して、ハッとしました。
私たちは知らずしらずのうちに、ある物語に囚われていたのではないか。
それは「ベテランは変革に消極的だ」という物語です。
クライアントの困惑は、まさにこの物語から生まれていました。そして、その物語を
疑うことなく受け入れている自分がいました。
「抵抗」は本当に抵抗なのか
「本当に、ベテランは『変革に抵抗する存在』なのだろうか?」
自分の抱いた違和感の正体を探ろうとしているとき、一つの論文に目が留まりました。
スタンフォード大学のLaura Carstensen教授による
「社会情動的選択性理論
(Socioemotional Selectivity Theory)」です。
この研究は、私たちが「ベテラン社員の変化への抵抗」と捉えている現象に、まったく違う光を
当ててくれました。
Carstensen教授の発見は驚くほどシンプルです。
それは「人間は『残された時間』をどう認識するかによって、目標の優先順位が変わる」という
ことです。若い頃は時間が無限にあるように感じるため、新しい知識や経験、ネットワークの
拡大といった「将来への投資」を優先します。
一方、年齢を重ねると時間の有限性を意識するようになり、感情的に意味のある関係や、今この
瞬間の充実といった「現在を味わうこと」を優先するようになります。
興味深いのは、これが「年齢」そのものではなく、「時間認識」で決まるという点です。それを
裏付ける実験があります。
実験では、被験者に「30分の自由時間を誰と過ごしたいか」を尋ねました。
選択肢は「家族」「共通点の多い新しい知人」「興味深い本の著者」の3つです。
通常、若者の選択は3つに分かれますが、高齢者の多くは「家族」を選びます。ところが、若者に
「来月遠くへ引っ越す」という状況を想像させると、大半が「家族」を選ぶようになりました。逆に、
高齢者に「あと20年健康に生きられる」と想像させると、若者と同じように選択が分散しました。
年齢ではなく、「あとどれくらい時間があるか」という認識が、人の選択を変えていたのです。
つまり、ベテラン社員が新しい取り組みに消極的に見えるのは、残された時間の中で「本当に価値が
あるもの」を無意識に選択しているからかもしれません。
たとえば、新しいスキルの習得よりも既存の強みを活かすことや、広い人脈作りよりも深い関係性を
重視するといったベテラン社員の選択は、決して「抵抗」ではなく、成熟した優先順位の付け方かも
しれないのです。
私たちがベテラン社員の「変革への抵抗」と捉えている現象の一部は、実は「残された時間の中で、
本当に意味のある貢献をしたい」という物語の中にいる人たちの姿なのかもしれません。
表面的な新しさではなく、深い価値の継承。それが彼らのエネルギーの注ぎどころだとしたら、関わり方を
変えることで、新たな可能性が開けるのではないか。私にはそんな気づきがありました。
物語を聴くということ
そのクライアントとの次のセッションで、私は前回のセッション後に感じた違和感とともに、
Laura Carstensen教授の「社会情動的選択性理論」という考え方を伝えました。
彼の反応は興味深いものでした。
彼は「一つの見方としては受け入れられる」と言いますが、私の目には「自分が目の前で見て、感じている
ことは間違いではないはずだ」という思いが強く感じられました。「別の捉え方」の可能性を、すんなり
とは受け入れられない様子でした。
セッションの中で、ふと、ある仮説が私の中で浮かびました。
もしかしたら、今、私と彼の間で起きていることが、彼とベテラン事業部長たちの間でも起きているのでは
ないか?
そして私は、自分自身に問いかけました。
「私は今、彼と対峙していて何を感じているのだろうか?」
その瞬間、これまでのセッションでずっと感じていたことが、はっきりとした形を持って立ち現れました。
彼からは、私に対する心からの興味関心が向けられていない。
この感覚こそが、私が感じ取っていたものだったのです。
私は静かに切り出しました。
「あなたは私のことをよく覚えてくださっています。でも、私への心からの興味・関心が、
伝わってこないんです」
私は言葉を選びながら、続けました。
「今、あなたが関わっているベテラン事業部長の一人ひとりには、どれくらい興味・関心を向けられていますか」
クライアントは、しばらく黙っていました。その沈黙が、何かを物語っているように感じました。彼は言葉を
探しているのではなく、何かに気づこうとしているようでした。
やがて、彼は静かに口を開きました。
「私はまだ、彼らの話をしっかり聴けていないのかもしれないですね。相手が私に何を感じているのかも、
聞いてみたいと思いました」
それから数週間後、クライアントは買収先のベテラン事業部長たちと、個別に対話の時間を持ち始めました。
一人ひとりの思いを理解しようと、新たな関わり方を模索しています。彼にとって、それは大きなチャレンジです。
自分が描いている物語に気づく
この経験を通じて、私はコーチとして、自分自身が「物語に囚われる」ことの恐ろしさを知りました。
セッションで私は、クライアントが「ベテランは変革に消極的だ」という物語に囚われていると感じました。
しかし、振り返ってみれば、私自身もまったく同じ物語を疑わずに受け入れていたのです。
私たちはまず相手の物語を聴く前に、自分が描いている物語に気づく必要があります。
クライアントに「相手への興味関心が伝わってこない」とフィードバックした瞬間、それは私自身への
問いかけでもありました。
私は本当に、クライアントの物語を聴こうとしていたのだろうか。それとも、自分が描いた物語の中で
彼を見ていたのだろうか。
私たちが問われているのは、相手が「抵抗している」と決めつけることではなく、相手がどのような
時間認識の中で、どんな物語を歩んでいるのかを理解し、組織の物語とどう共鳴させられるかを
考えることではないでしょうか。
あなた自身は今、どのような物語の中にいますか?
あなたの目の前にいる人は、どんな物語の中で生きているのでしょうか?
日本コーチ協会 正会員
學原 淳
