コーチングニュース Vol.267

合意はクライアントのために非ず?!

私は現在、企業のお客様を中心にコーチングを提供しています。
あるとき、コーチ仲間とのSNSに次の投稿がありました。

「みんな企業に所属するクライアントとの合意形成って、どうやっているの?」

コーチングをはじめるうえで、クライアントとの合意形成は欠かせません。

コーチングを受けるクライアントが「コーチングとは何か」を理解し、
「何のためにコーチングを活用するのか」が明確でないと、コーチもクライアント自身も
行き先を見失い、コーチングの価値が感じられなくなってしまうからです。


ICFの倫理規定の合意事項にはこうあります。

ICF倫理規定 第1節 クライアントへの責任
2.サービスを開始する前に、クライアントとスポンサーを含む
    すべての関係者の役割、責任、権利に関する合意/契約を作成します。


個人のクライアントとは異なり、企業に属するクライアントの場合は、クライアント自身
だけではなく、関係者との合意も必要です。企業のクライアントを相手にしている私ですが、
実は正直なところ、クライアントとの合意はあっても、スポンサーを含む関係者との合意形成が、
必ずしもいつもできている感覚はありませんでした。


仲間の投稿をきっかけに「企業に属するクライアントとのコーチングにおいて、関係者も含めた
真の合意形成とは何か?」という問いが改めて頭に残りました。


プロジェクトの共有会での体験


そんな私に、コーチングの合意形成の重要性を改めて教えてくれた出来事があります。

ある企業のコーチングプロジェクトにコーチとして参加していたときのことです。

プロジェクトがスタートしてしばらくすると、気がかりなことが出てきました。クライアントが
周囲のサポートや理解を得られず孤軍奮闘しているように見えたのです。

「私のクライアントは、このプロジェクトの関係者とうまく合意形成できているのだろうか」

私の胸の中にはそんな問いが湧いていました。

そんな中、関係者全員でプロジェクトの途中経過を共有する場がありました。そこでは、先方の
プロジェクトオーナーや事務局から、私のクライアントに対する期待やフィードバックを直接
聞くことができました。
さらには、コーチである私に対しての期待やフィードバックももらうこともできました。


オーナーや事務局の声を直接聞きながら、クライアントに対する周囲からのサポートをひしひしと
感じ「クライアントはうまく周囲と合意形成できていないのではないか」という私の危惧は
杞憂だったのかもしれないと思い始めました。

クライアントのためにいい時間になったと心から嬉しく思い、コーチである自分にもエネルギーが
湧いてくるような感覚を覚えました。


私は合意形成の外側にいた


私はこの出来事を自身のスーパーバイザーにシェアしました。すると、彼が言いました。

「もしかしたら、一人で頑張っていたのは目黒さんなのではないですか? 共有会で周りの
 サポートを得られたのは、クライアントではなく、コーチである目黒さん自身なのでは?」

その言葉を聞いた瞬間、言葉にならなかった思いを言い当てられたような恥ずかしさと
安堵感を覚えました。

「そうか、あの時の私は、クライアントをこんなにサポートしてくれる人たちがいるなんて、
 クライアントにとって何て喜ばしいことだろうと思っていたけれど、あの場から本当に力を得たのは
 コーチである私自身だったんだ」

そしてそれは、私がクライアントの関係者との合意形成に関われてこなかったからなのだと気づきました。
関係者との合意形成をクライアント本人に任せつつ、自分はプロジェクトの当事者の一員でありながら、
プロジェクト全体の合意形成を、外側から眺めていたのです。


合意形成はコーチングに力を与える


ICF倫理規定では、「コーチングの関係性」をこう定義しています。

「コーチングの関係性」— 各当事者の責任と期待を定義する合意または契約に基づいて、
  ICFプロフェッショナルとクライアント/スポンサーによって確立される関係性


今回の体験は、私にとって「コーチングの関係性」の意味することを体感する機会になりました。

さらに、自分の中で「このクライアントを成功させ、プロジェクトの成果を出したい」という
思いがより一層強くなったことを感じ、コーチングにおける合意形成の重要性を改めて認識したのです。


企業に所属するクライアントとの合意形成とは、関わる全ての人が「自分はこのプロジェクトに
影響を与えている、貢献できる」という実感を持つこと。

それがオーナーや事務局、クライアント、コーチを含むプロジェクトメンバー間の
信頼関係にもつながり、そのことがクライアントにもコーチにも力を与えることなのだと実感しています。


先日閉幕したパリオリンピックで、柔道日本代表の阿部一二三選手は、妹の詩選手がまさかの
2回戦で敗れた後「そんな妹がいるから頑張れた」と、見事金メダルを手にしました。

現実は彼らの兄妹愛のように美しいことばかりではありませんが、誰かのために頑張る、そんな
関係性が組織のそこここで結ばれていたら、その組織は強いは強いと思うのです。

そのような組織を支援していきたいと思うと同時に、自分の組織もそのような組織にしていきたい
と改めて思います。

あなたはあなたの大事な人たちと、どんな合意をし直したいですか?



日本コーチ協会 正会員
目黒裕子