コーチングニュース Vol.240

他人の「フィルター」を拝借することで見える現実

他人の「フィルター」を拝借することで見える現実

私は現在、企業や個人の方々にコーチングサービスを提供している会社に所属しています。
ここ数年で、私の会社の提供するサービスに新しい概念が持ち込まれ、大きくブラッシュアップされました。
新しく持ち込まれた哲学の中には「社会構成主義」「対話」があります。

「社会構成主義」とは、社会における現実が「客観的に存在する唯一のもの」ではなく、
常に「そこにいる人々の関わりやコミュニケーションの合意によって構築されるもの」であるとする
考え方です。

私たちは、目の前に起こった「事象」を自分の価値観や信念、道徳観などといった「フィルター」を
通して認識し、それを「現実」だと受け止めます。

しかし、フィルターは人それぞれです。
つまり、お互いの認識している「現実」も異なっている可能性があります。

「見ている現実は違う」ことを前提に、「対話」を通して違いを共有することで、自分の見ていた現実に
新しい意味、解釈、可能性を共創していく。

それが私たちの会社の提供しているコーチングの考え方のベースです。

頭ではこの考え方を理解するものの、一度自分が認識した「現実」を書き換えることは、そんなに
簡単なことではないのではないか。

そう思う私もいます。

Aさんはどんな「フィルター」を持っているのか

私は今、専任リーダーとして、ある領域の事業拡大に取り組んでいます。
そのプロジェクトに、他部門からCさんが専任メンバーとして加わることになりました。

あるとき、私自身の社内コーチである役員のAさんから、Cさんの育成に関する情報共有がありました。
社内コーチとしてCさんを育成してきた役員のBさんが
「大塚さんと取り組む専任領域以外でも、Cさんが学習できる機会が必要では」
と打診があったというのです。

私はBさんのその言葉を聞いて、自分が熱意を持って取り組んできたことも、そして私自身も
否定されたように感じました。
Bさんは「大塚さんの取り組んでいる領域では学べない。大塚さんでは不十分」、そう思っているのだと
受け取ったのです。
そこで、Aさんに
「なぜBさんにそう思われてしまうのか、私の何がいけないのか教えてほしい」
と相談しました。

するとAさんは少し驚いたような、でも穏やかな顔で言いました。
「Bさんは、そんな風に思ってないよ。私も大丈夫です、と伝えたよ。なんでも話しておこうと思ったので
伝えただけだったのに、そんなふうに受け止めるなんて驚いた」。

彼女はいつも、何を言われてもニコニコと笑顔で、私のようにネガティブで攻撃的な反応をしている姿を
社内で一度も見たことがありません。そこで、興味がわいた私は、もしAさんが私だったら
Bさんの言葉をどのように受け止めたのか尋ねてみました。

するとAさんは、「私のことを気にかけてくれて嬉しい!」と思うというのです。
同じ「事象」に対して、私とは真逆の受け止め方です。

これまでと違う「現実」が見えてきた

私の根本にある価値観を今すぐ変えることは難しい。
でも、「事象」に対する捉え方を意図的に変えてみることはできるのではないか。

そう思った私は、違う「フィルター」で眺めたら、自分にとっての「現実」が変わるかどうかを
実験してみようと思いました。
そしてその後の1ヵ月間は、何があっても「私のことを気にかけてくれて嬉しい!」と、
心の中で言葉にすることを決めました。

やってみて気づいたのはは、私の成功のために協力しようと思っている人が、
いままで自分が認識した以上にたくさんいたという新しい現実です。
自分のネガティブなフィルターが捉える世界は部分的でしかないことを学習した体験でした。

この経験は、今後、コーチとして、クライアントにできる貢献を一つ増やすことにつながりました。

「事象」を間に置いて、そのことに対してどのような「フィルター」を持っているのかを出し合い、
自分の世界の捉え方を広げるために、他人の「フィルター」を拝借して実験してみる。

その実験からの「気づき、学び」を振り返り、自分の人生をより豊かにする「フィルター」を
自分で選んでいくこと、このプロセスをクライアントと共有し、コーチとしてクライアントに
貢献していきたいと思います。


日本コーチ協会
大塚志保