あるクライアントから、「フィードバックがうまくできない」という相談を受けました。
「フィードバックって、相手のためになることを伝えるものだと思うんですが、
どうしても“ダメ出し”みたいになりそうで。自分の言い方ひとつで相手を
傷つけてしまうんじゃないかと思うと、言えなくなってしまうんです」
その方にとって、フィードバックとは「相手のためになるアドバイス」のようなものでした。
だからこそ、下手に言って相手を傷つけたくない、でも伝えないままでいいのか迷ってしまう、
そんな葛藤の中にいたのだと思います。
この相談をきっかけに、改めてフィードバックとは何なのかを考えました。
私たちはフィードバックループの中で生きている
コーチングにおいてフィードバックは
「行動変容(Behavior Modification)を促すためのもの」とされています。それは、
・目標に向かう中で自分の現在地を明確にし、理想に向けて軌道修正するための情報
・他者との関わりの中で見えていること、感じたことを伝える行為や、その内容
といったように、目標に向かって軌道修正しながら進むための「情報提供」といえます。
ただ、フィードバックは私たちがイメージするよりも、もっと身近なものでもあると思います。
そもそも私たちのコミュニケーション自体が、人と人とのあいだで常にフィードバックし合うことで
成り立っているからです。
例えば、話をしている時に相手がうなずいていたら、「理解されている」「共感されている」と
感じて安心して話を続けられます。
しかし、無反応だったり、険しい顔をされると、「関心がないのかもしれない」「伝わっていない
かもしれない」と感じて、言い方を変えたり補足を入れようとする。これは誰しも経験がある
のではないでしょうか。
意図的に発している言葉だけではなく、無意識のうちに表出されている、表情や声のトーン、目線、
姿勢といったノンバーバルな要素も含めて、私たちは日々相手から情報を受け取ってそれに反応し、
また反応を返される。
私たちはそうしたフィードバックループを通じて、常に言動を修正し続けています。
フィードバックは特別な行為ではない
人間存在の本質を説く中で、他者との関わりの意味を深く論じている哲学者マルクス・ガブリエルも、
「人は常に他者とのやりとりを通じて絶えず訂正し、また互いの小さな反応によって行動を変え合っている」と
指摘しています。
つまりフィードバックは、単なるコミュニケーションのテクニックにとどまらず、人間の存在のあり方
そのものに根ざした営みだと言えます。
そう考えてみると、フィードバックは決して特別な行為ではなく、誰もが日常の中でやりとりしている、
ごく自然な営みだとわかります。
そうした営みであると捉えるなら、日常のうなずきやジェスチャーだけでなく、「今の話、とても
共感しました」「少しわかりにくかったです」とひとこと伝えるだけでも立派なフィードバックに
なるのではないでしょうか?
冒頭のクライアントも、最初は「相手のためになることを言わなければいけない」「ダメ出しに
なってはいけない」と思うあまり、フィードバックが“特別なもの”になって構えてしまっていました。
そこで私は「本来のフィードバックはもっと身近なもので、あなたも日常的な関わりの中ですでに
行っているものではないか」と問いかけ、実際に相手と話すときにどんなことを感じているのか、
話の途中で気づいたことや少し気になったことを言葉にしてもらいました。
そうしたやりとりを重ねるうちに、「まずは、自分が感じたことをそのまま伝えてみるなら、
そんなに気負わずにできそうだ。今度やってみたい」と話してくれました。
「こんなこと言ってもいいのだろうか」「相手の役に立つだろうか」と気負わずに、まずは、
気づいたこと、感じたことをそのまま伝えてみる。そうしていくうちにフィードバックの
ハードルは下がり、相手にとって耳の痛いことも伝えられるようになる。
その一歩が、相手に変化をもたらすきっかけになるのだと思います。
日本コーチ協会 正会員
高村 友梨
