「多様性を尊重する」「違いを活かす」。
さまざまな表現がありますが、異なる視点をビジネスに活用する「ダイバーシティ」という概念は、
日本でもだいぶ浸透してきたように思います。
女性社員の活躍の場を増やし、これまでマイノリティであった女性管理職を増やしていく,
あるいは、国籍や人種の多様性を高めることでグローバルビジネスを加速する、といった観点で
「ダイバーシティ(多様性)」を取り入れていく組織が増えてきました。
組織におけるマイノリティであった女性が増えたり、別の国の文化の中で育ってきた社員が組織内で
増えたりしてくると、次に、そうした多様な社員をどう組織に受け入れ、本来持つ可能性を最大限発揮
してもらうのか、というテーマが出てきます。つまり「インクルージョン(受容)」がテーマになります。
「異なる価値観、考え方、経験を持つ社員の多様な視点を活用していく」という考え方への
共感者は多いと思います。
しかし、実際に「多様な社員をマネジメントする」ということになると、難しさを感じる人が
多いのではないでしょうか?
ダイバーシティ&インクルージョンのヒントはコーチングに
違いを認識することはできる。けれど、違いを受け入れ、さらに違いを活かしていくとは
どういうことなのでしょうか?
コーチになって数年経った今、その答えの一つが「コーチング」だと言えるのではないかと考えています。
あるとき、入社2年目のチームメンバーから「〇〇業界の組織風土を変えたいので、営業に注力したい」と
相談されたことがありました。相談を受けた際、私は正直「まだひとり立ちは難しいのではないか?」
「これまでその業界とのお取引であまり大型のものはないし、その業界に注力するのは時間がもったいない」と
思いました。
そこで彼に尋ねました。
「なぜ、あなたは取引があまりないにもかかわらず、その業界に関心を持っているのか?
あなたにとって、その業界の組織風土を変えることはどのような意味があるのか?」
すると彼は、これまでにない力強い口調で
「その業界について最も知識のあるコーチになりたい」
と話してくれました。
その理由は、彼の親族がその業界の出身だということ、また、数は少ないながらも、その業界での
プロジェクトを経験したのでチャレンジしたいと思ったこと。
彼の想いとエネルギーの強さに影響を受け、最初に相談を受けたときの後ろ向きな気持ちは、次第に
「彼の想いを形にしてもらいたい」という前向きな気持ちに変化していきました。
その後、彼は自らの想いを形にするために具体的に動き始めました。まず彼は自分でセミナーを企画し、
それまでほとんど経験のなかったプレゼンテーションの練習を何度も行いました。
私は何度も彼の練習に付き合い、フィードバック → バージョンアップというサイクルを回すだけでなく、
チームメンバーにも協力を依頼し、より多くの視点で彼がフィードバックをもらえる機会も用意しました。
その結果、彼はたった一人で地方に出張しセミナーを成功させたのです。
こうした一連の関わりの過程を振り返ると、彼に対してそれまで抱いていた「2年目だったら、この程度で十分」
という意識が「わが社の代表として、十分なレベルになってほしい」という意識に変わっていったことに
改めて気づきます。
コーチングを学ぶ以前の私であれば、その業界に対して営業するメリット、デメリットをディスカッションし、
別の業界に注力する方向で、やんわりと彼を説得していたと思います。
そして、彼が一人でセミナーを企画し、成功させるという彼の飛躍的な成長機会を奪ってしまっていたでしょう。
この体験は、「自分の価値観や成功体験とは異なる考えを受け入れ、その人のポテンシャルを活かす」という
まさにダイバーシティ&インクルージョンの事例です。
コーチングマネジメントは、ダイバーシティ・マネジメント
ICF(国際コーチング連盟)によるコーチのコア・コンピテンシーの中には、次のような項目があります。
4-1.コーチは、クライアントのコンテクスト(たとえばアイデンティティ、とりまく環境、経験、価値観、信念等)
の中で、クライアントへの理解を深めようとしている。
4-5.コーチは、クライアントの感情、ものの捉え方、懸念、信念、提案を表現することを承認し、支援している。
7-3.コーチは、クライアントの考え方、価値観、ニーズ、欲求、信念について問いかけている。
コーチングを学ぶ前だったらしていただろう関わり方は、一見、上司として当たり前のアプローチのように
思えるかもしれません。
しかし、良かれと思って「それは違うよ。XXXの方が上手くいく」と、自分の成功体験に基づくアプローチを伝えて終わって
しまっては、他者のもつ新しい視点を蔑ろにしてしまう可能性があります。
コーチである私たちは、コア・コンピテンシーをはじめとして、ダイバーシティ&インクルージョンを体現するための
様々なコンセプトやツールを手にしています。
コーチングマネジメントを学ぶことは、ダイバーシティ・マネジメント能力を高めていくことにつながるといえるのでは
ないでしょうか。
日本コーチ協会 正会員
大場 幸子
コーチングニュース Vol.259
2024年03月28日