コーチングニュース Vol.278

コーチはクライアントの鏡である ──言葉にならない想いを映し出す存在

「リーダーは自分の言葉で語らなければならない」

組織を率いる立場にある人なら、一度は耳にしたことのあるフレーズではないでしょうか。

メンバーに向けてビジョンや想いを言語化し、共有することは、リーダーとしての大切な
役割の一つです。しかし自分が何を考え、何を伝えたいのかを言葉にすることは、
想像以上に難しい営みでもあります。

「話してみると、なんだかおかしい」から始まる

「自分の言葉で語る」とは、どういうことなのでしょうか。
これは、私自身がよく向き合っている問いのひとつです。

言葉にすることは、思考を整理し、他者と共有するためのプロセスと言えるかもしれません。

自分の言葉で語られたメッセージは、聞き手に伝わりやすく、心に響くことがあるように思います。

一方で、自分の中で十分に咀嚼されていない言葉は、たとえ正しい内容であっても、どこか
不自然で届きにくさが残るように感じます。

こうしたことを日常でふと感じるのは、たとえば子どもの「音読」を聞いているときです。

小学2年生の娘は、毎日「音読」の宿題に取り組んでいます。
音読は、声に出すことで言葉の抑揚や意味を理解し、自分のものにしていく大切な練習です。
私と妻が彼女の読み方を聞き、発音やトーンを整えながら、一緒に言葉の意味を確認して
いくうちに、彼女の中に少しずつ「ことば」が根づいていくのを感じます。

大人になった私たちも、似たようなプロセスを必要とする場面があります。
たとえば、プレゼン資料を声に出して読んでみると、思ったよりも言いづらかったり、
論理の飛躍に気づいたりすることがあります。話してみることで、ようやく「おかしさ」に
気づき、言葉が整いはじめるのです。

一方で、経営やリーダーシップのような、唯一の正解がない領域では、単に「声に出して読む」
だけでは足りない場面も出てきます。
それは、自分自身がこれまで言語化してこなかった領域をガイドしてくれる「教科書のような
もの」がないからだとも思います。
そのような環境下で自分の枠組みを超えて思考し、さらに言語化することはとても難しいこと
だとも感じます。
だからこそ、そこにコーチの存在価値があるのだと思います。

「言いたいことはある。でも、伝わらない」

あるクライアントとのセッションでのことです。若くして大手メーカーの事業部門のトップを
担当していた彼は「自分の想いをもっとチームと共有し、共感しあえる組織をつくりたい」と
語っていました。
しかし、実際に自分の想いを語っても、周囲の反応は思ったほど返ってこず「どうして
伝わらないのか」と悩んでいました。

そこでセッションでは、次のようなことを実践してみました。
・クライアントの言葉を要約する。
・コーチがあいまいだと感じたことはもう一度繰り返し話してもらう。
・時には彼の語り口調をそのまま“演じて”返す。
・セッションのログを一緒に見返し、前回は何を語っていたのか確認する。
こうしたプロセスの中で、彼はまるで自分自身と対話するように、言葉を拾い直し始めました。

その中で、ふとした瞬間に私たちは気づいたのです。

「『こうすべき』『こうあるべき』というロジックはたくさん語られているけれど、
『私はこうしたい』というシンプルな表現が一つもないですね」と。

続けて、彼はこんなことも吐露しました。

「自分は周囲よりかなり早く昇進し、どうやってベテランの方を説き伏せるかに集中してきた。
若いヤツだと思われたくなかった。『〇〇したい』と言うことは子どもじみた感覚があり、
封印してきた表現かもしれない」と。

その気づきから、彼は「〇〇すべき」の奥にあった「〇〇したい」という、自分でも言語化して
こなかった領域と向き合い始めました。

その後、幾度かのセッションを経てこの「〇〇したい」を言語化して話すことで、チームの反応にも
変化が現れたと後日話してくれました。

クライアントが「まだ見ぬ自分に出会う」ために

冒頭でも書いた通り、自分の想いを言葉にするという営みには、まずは口に出して話してみることが
有効です。
誰かに聞いてもらい、フィードバックをもらえればさらに効果的でしょう。
そしてコーチは、その相手として最適な存在だといえるのではないでしょうか。

このセッションの期間、私には何か「良い質問」をした感覚も、鋭いフィードバックをした記憶も
ありません。
ただ、彼の言葉を返し、彼の表情や口調を映し返しただけだったと思います。

マーシャ・レイノルズ氏の著書『変革的コーチング』の一節には、次のようなことが書かれています。
・コーチングとは探求のプロセスであって、質問をし続ける事ではない。
・「質問なくしてブレークスルーや気づきは生まれない」というのは、コーチングにまつわる
迷信の一つである。
・要約する、クライアントの感情の変化を伝えるなど「内省を促す発言」が魔法のような質問より
影響力を持つことはよくある。

たしかに、「魔法のような質問」や「的を射たフィードバック」が言語化を助けることもあります。
しかし、それ以外にクライアントの言葉を要約する、少し言い直す、表情や感情の変化を映し返す、と
いったシンプルなやり取りが、内省を深めるきっかけになることが多くあります。

言葉を返す。姿を映す。そうしてクライアント自身がまだ見ぬ自分に出会う。
コーチは、クライアントの鏡であり、言葉になる前の想いが浮かび上がる「場」を共につくる存在
なのかもしれません。

あなたはコーチとして、相手の内省を促すために何をしたいですか?


参考文献
マーシャ・レイノルズ(著)、,伊藤 守 (監修)、深町 あおい (翻訳)
『変革的コーチング 5つの基本手法と3つの脳内習慣』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年



日本コーチ協会 正会員
小林 裕介