コーチングニュース Vol.273

イギリスでの経験を通じて考えた「コーチング文化」

私はこれまで「コーチング文化」という言葉に対して漠然としたイメージしか
持っていませんでした。

実際に、何をもって「コーチング文化」というのか、さらに、それが「醸成」されたと
定義するかは、個人の見解もあり、曖昧かもしれません。

しかし、イギリスでの生活を通じて「これこそがコーチング文化なのでは」と思う瞬間を
数多く経験し、「コーチング文化」のイメージが鮮明になってきました。

その中でも特に印象に残ったのが、教育やスポーツの場面で見られる「対話を通じた
成長」の重視です。


運転違反講習に見るコーチング文化

先日、車を運転していて、ちょっとしたスピード違反をしてしまいました。
違反者に対して講習が行われるのは、イギリスも日本も変わりません。

ただ、イギリスでオンラインでの講習を受けた体験は、私にとってとても新鮮なものでした。

講習では教官が一方的に指導するのではなく、まず受講者一人ひとりに問いかけます。

「どういう場面でスピードを出してしまうと思いますか?」
「急いでしまうとき、どうすれば落ち着いて運転できるでしょうか?」

私が「温かい飲み物を飲んで、遅れても問題ないと自分に言い聞かせる」と答えると、
教官は「じゃあ僕がホットドリンクをオファーするよ!(笑)」と軽くユーモアを交えて返し、
場の緊張をほぐしました。
まさに【双方向の対話】が実践されています。

また、講習の中では、死角になりやすいものについてのアカデミックなレクチャーや、
「サンドイッチを食べながら運転するのは違法か?」といった〇×クイズなど、受講者が
飽きずに学べる工夫がされていました。

講習の終盤では「今後どのような行動を取るか」を宣言する場が設けられ、さらに
「何カ月ごとに振り返りますか?」と問われます。
この仕組みは自己決定を促し、持続的な改善へとつなげていくものであり、
まさにコーチングと同じです。

日本の運転違反講習は、教習所で交通事故の映像を見せられ「スピード違反がいかに危険か」
という怖れを植え付けるアプローチが主流です。
一方、イギリスでは違反者がオンラインで受講できる講習があり、その進め方がまさに
「コーチング文化」を体現していました。


教育現場・スポーツにおけるコーチング文化

さらに私はこの講習を受けながら、イギリスの学校に通う子どもたちのことが頭に浮かびました。

現在、私は長男の中学校受験に直面しています。受験科目には英語や算数だけでなく
「Verbal Reasoning(言語的推論)」が含まれています。
これは、「Code Breaking(暗号解読)」や推察力を試すもので、日本のように
「なんと(710)立派な平城京」と年号をただ暗記するのではなく、「この歴史家の主張は
本当に正しいのか?」と考える力を養う科目です。

イギリスでは小学校の段階から、そういった力を養う授業が行われます。

イギリスは秩序を重んじる国である一方、幼少期から主体性を育む教育が根付いており、
自分の意見を持ち、それを表現できることに価値がおかれているのです。

また、スポーツの指導においてもコーチング文化が根付いています。
例えば、子どものサッカーの試合。日本では「(ボールを)取られるな!」といった指示型の
声かけが多いのに対し、イギリスでは「Good Decision!(いい判断だった!)」や
「Well done!(よくやった!)」といった承認の言葉が飛び交います。

このような環境下では、子どもたちが自ら考え、積極的に挑戦する意欲を持ち続けることが
できます。


コーチング文化の本質と日本社会への浸透

こうした体験を通じて、私が感じたコーチング文化の本質は「双方向の対話を通じて、主体的な
成長を促すもの」ということです。

日本でも近年、教育や企業研修の現場でコーチングの考え方が取り入れられつつあります。
しかしそれでもまだ「指導者が教え、学習者が受け取る」という一方向の構造が、まだ根強く
残っているように感じられます。

AIやChatGPTのようなテクノロジーがますます進化していけば、「教える」だけの教育ではなく、
適切な問いかけを通じて相手の思考を引き出す力が、より求められるようになるでしょう。

情報提供をAIが担う時代になりつつある今、人間には「どのように考えるかを導く力」が求められています。

日本社会においても、コーチング文化を根付かせることで、一人ひとりが主体的に学び、活躍できる
環境が生まれるのではないでしょうか。

そして、私たち自身が「問いかけること」「承認すること」を日常の中で意識することが、コーチング
文化を浸透させる第一歩となるのではないでしょうか。

コーチング文化を浸透させるためには、以下の取り組みが必要不可欠です。

双方向のコミュニケーションの推進:指示・命令ではなく、問いかけによって相手の気づきを引き出す。
承認の文化の醸成:成果だけでなく、努力や挑戦そのものを認める。
フィードバックの質の向上:適切なフィードバックを通じて成長を促す。
行動変容を促す仕組みの導入:学んだことを実践し、継続的に振り返る機会を設ける。

今後、日本でもコーチング文化がより浸透し、すべての人が主体的に学び、成長し続けられる
社会が実現できるよう、私もエグゼクティブコーチとして、益々精進していきたいです。


日本コーチ協会 正会員
清水 紀榮