私は役割上、新人コーチのコーチングセッションの録音を聞く機会がよくあります。
その中で、探索する気の伝わってこない「なぜそのテーマにしようと思ったんですか?」
という問いや、好奇心が伝わってこない「お話を聞いていてもっとあなたについて
知りたくなったのですが…」というフレーズをときどき耳にします。
これはコーチが、クライアントではなく、ICFのPCCマーカーにチェックをつけることに
意識が向いてしまっていることが要因だと思われます。
そんな録音を聞くと、私の頭には、
「あなたの役割は何? 何のためにこれをやっているの?」
という問いが浮かびます。
私にとってこの問いは、自分のエゴや保身から抜け出すための問いです。私はこの問いと、
ずいぶん長いこと共に過ごしてきました。
心を動かしたNASA管制官の問い
20年以上前、私は国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」の運用管制官の候補生でした。
当時の会社では「花形は、設計や開発部隊。運用は言われたことを言われた通りにやればいい部隊」
という空気がなんとなく漂っており、実際に設計開発部隊に対して強く言い返せない悔しさを
感じていました。
私には、宇宙飛行士が「きぼう」で部品を組み立てたり、メンテナンス作業をする時に確認する
「手順書」を作る、という役割がありました。私は、その仕事で大事なことは、開発メーカーから
提示された資料の内容を、そのままNASAの採用する手順書のフォーマットに正確に書き直すことだと
考えていました。
手順書は宇宙飛行士が使うものなので、NASAの検閲が入ります。その機会に、NASA管制官から質問が
飛んできます。
「このステップはなんのために入れているの?」
「なぜこれをやる必要があるの?」
「なぜこの順番なの?」
「なぜ?」「なぜ?」と質問攻めにあい、開発メーカーの資料を確認しながら、理由を説明します。
そして、自分で説明しきれないところについては「開発メーカーによる検証済みの手順だから変えられない」
と伝えていました。
そんなやりとりを続けていたある日、NASAの手順書作成担当の管制官から、ゆっくりとした口調で
問われました。
「宇宙飛行士が気持ちよく仕事できると、ミスも減りパフォーマンスも上がる。私は宇宙飛行士に
最高のパフォーマンスを発揮してもらうために手順書を書いているの。あなたの役割は何なの?
何のためにやっているの?」
彼女の私をまっすぐ見つめてくる顔を見て、
「私も同じ!」
と言いたいと思ったのですが、体がこわばって声が出ませんでした。
組織の空気の問題ではなく、まさに私自身が「運用は言われたことを言われた通りにやっていればいい、
その方が何かあった時に自分の身を守れて安全だ」と思っていたことに気づいたからです。
自分の役割とは
当時のレートは忘れましたが、現在の宇宙飛行士の作業量は1時間550万円です。
もしも宇宙飛行士がミスをして、そのリカバリーに3時間くらいかかったとすると、1650万円の
追加料金がかかります。
そして何より宇宙飛行士は世界各国のタスクを5分刻みで実施しているので、追加の時間枠をとることが
とても難しく、とれたとしても、それは他国のタスクを犠牲にする可能性もあるのです。
そのタスクのために、どれほどの人が関わり、どれほどの思いが込められているのか、管制官だった
私には痛いほどよくわかりました。
彼女の問いをきっかけに、それまでのものの見え方がガラッと変わりました。
私の仕事は宇宙飛行士の手順書を書くことでしたが、宇宙飛行士が最高のパフォーマンスを発揮できる
ようにする役割でもあるということ、そしてその先に、日本だけでなく、世界中に関係するミッションの
達成につながっているのだと実感しました。
さらに、それをチームでも確認し合ったのです。
マインドが問いに影響を与える
そこからは、挑戦の毎日でした。
手順書の一つひとつのステップに対して、「なぜこのステップなのか?」を考え、必要があれば、開発側に
要求変更のリクエストもしました。
彼らにしてみれば、言われたことをやっていればいいはずの私たちがいろいろ言い出すわけですから、
細かいところで開発部隊とのコンフリクトが発生します。
そのたびに「私たちの役割は何か? なんのためにやっているのか?」と自問し続けました。
候補生ではなく正式に管制官になる頃には、自分の管制官としての役割に誇りをもち、ミッション達成の
ためならば、所属する組織や役職に関係なく、率直に意見を言える対等な関係を築けるようになっていました。
私は転職して、コーチになりましたが、コーチングセッションの中で、「どうもうまくいかない」とか
「なんとかしたい」と思う瞬間があります。それは、コーチングマインドとして大切な「クライアントを
中心に据えたマインド」から離れている瞬間です。そういうときに、私はやはり自問します。
あなたの役割は何? 何のためにやっているの?
NASA管制官のマインドが私の心を動かしたように、コーチとしてのマインドはクライアントに影響を与えます。
あなたのコーチとしての役割は何ですか?
あなたは何のためにコーチングをしているのですか?
参考URL:
有償利用制度(非定型サービス) の利用料金と減免制度
(https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/provide/more/73883.html)
日本コーチ協会 正会員
久保田 淳子
コーチングニュース Vol.268
2025年05月28日