上司と部下の関係をどう築くか。
マネジメントに携わるようになってから、何度も考えてきたテーマです。
そんな迷いを抱いていたある日のこと。
私は一人の部下と評価フィードバック面談を行いました。同じチームになって
まだ日が浅かったものの、気軽に話しかけてくれるし、こちらも話しかけやすく、
日常的なコミュニケーションはよくとれている、そんな関係性の部下でした。
私は彼女の仕事上の成果について、「業務に安定感がある」「お客様との関係構築力も
ある」といった点で、十分に評価していました。一方、この先リーダーとなっていくこと
を見据えると、彼女の「在り方(振る舞いや言動)」に関して懸念を感じる点がありました。
特に社内においては、自分の「在り方」が周囲に与える影響力についての意識がやや
低いように感じられました。
私は「彼女の課題はそこだけだ」と思っていました。だからこそ、もったいない。その一点を
乗り越えれば、もっと活躍できるのに。
面談中、そんな想いでフィードバックを伝えました。
しかし、どうも彼女は「課題がある」という私のフィードバックに納得していない様子です。
その時、私の口からついこんな言葉が出てしまいました。
「あなたにはうちの会社でやっていく覚悟が見えない」
一瞬、沈黙が流れました。
そして返ってきた言葉は予想外のものでした。
「そうですか。では辞めます」
面談の終了間際、突然の告白でした。
その瞬間、私の頭に次々といろんな想いが浮かびました。
「言い過ぎた」
「関係性が十分にできていなかったのではないか」
「でも、どう伝えたらよかったんだろう」
私は慌てて予定を確認して最も早く時間を取れる日を探し、面談の2日後に追加の1on1を
設定しました。
ところが彼女からは、
「珠恵さんの責任ではないので、気にしないでください」
と言われ、1on1を断れてしまいました。
■”想い”が相手を動かす
少し時間が空き、翌週に定例1on1の日がやってきました。
ー彼女は今、何を思っているのだろう。
どこか居心地の悪さを感じながらも、私はその場で自分が本当に思っていることを彼女に
伝えました。
「このポイント”だけ”なのに」
「本当にもったいない」
「なんなら腹立だしいくらいだ」
「私は、あなたを引き上げることにエネルギーを使いたいと思って話している」
気づけば私は彼女への”評価”ではなく、自分の”想い”を言葉にしていました。すると
彼女の表情が少しだけ変わったように見えました。
後日、彼女はその時のことをこう振り返ってくれました。
「私が『辞めます』と言った時、『ごめん、私の伝え方の問題だった』と言って
くれましたよね。そしてスケジュールがパンパンなのに、どこを空けたんだろうと思う
くらい、すぐに1時間の1on1を設定してくれました。私は珠恵さんが忙しいのを知っていた
ので、そこまでする必要はないと思って断りました。・・・・・・でも実は、その切実さを
行動に胸を打たれていました」
さらに、こんなことも話してくれました。
「その行動と、次の1on1で言ってくれた言葉がつながったんです。自分が自分を諦めようと
思っても、自分を諦めないでいてくれる人がいる。そのことに、驚くほど力をもらいました」
■関係性を強固にするもの
今、彼女は会社の中心で活躍し、以前にも増して目を輝かせながら仕事をしています。
振り返ってみると、彼女を動かしたのは、面談で伝えたフィードバックではなく、その後の
私の行動でした。
自分の伝え方に向き合ったこと。
もう一度話したいと時間を確保したこと。
そして、「あなたを引き上げたい」と自分の想いを率直に伝えたこと。
つまり、「私はあなたを諦めていない」というメッセージだったのではないかと思うのです。
かつで私は、関係づくりとは一緒に食事に行くことや、お酒を飲みながら本音を語り合う
ことだと思っていました。もちろん、そうした時間が持つ力を否定するつもりはありません。
しかし、リモートワークが一般化し、価値観も多様化する中で、それだけでは関係を築けなく
なっています。
では上司と部下の関係を強くするものは何なのでしょうか。
今回の経験を通して私が辿り着いた一つの答えがあります。それは、相手の可能性を諦めないこと。
そして、そのことを言葉だけでなく行動で伝えることです。
コーチングも同じではないでしょうか。
相手への興味を持つ。
相手の話を聴く。
こうしたことはもちろん大切です。
しかし、その根底になるのは、「この人にはもっと可能性がある」と信じ続けることなのかも
しれません。
時には耳の痛いことをフィードバックすることもあるし、関係が揺らぐこともある。それでも相手を
諦めず、その人の可能性を信じ続ける。
私は今回の出来事を通じて、関係性とは「好かれること」から生まれるのではなく、
「相手を諦めないこと」から生まれるのだということを学びました。
そして、コーチという仕事の本質もまた、そこにあるように思います。
日本コーチ協会 正会員
伊藤 珠恵
