コーチングニュース Vol.290

「相手を諦めない」

上司と部下の関係をどう築くか。

マネジメントに携わるようになってから、何度も考えてきたテーマです。

そんな迷いを抱いていたある日のこと。
私は一人の部下と評価フィードバック面談を行いました。同じチームになって
まだ日が浅かったものの、気軽に話しかけてくれるし、こちらも話しかけやすく、
日常的なコミュニケーションはよくとれている、そんな関係性の部下でした。

私は彼女の仕事上の成果について、「業務に安定感がある」「お客様との関係構築力も
ある」といった点で、十分に評価していました。一方、この先リーダーとなっていくこと
を見据えると、彼女の「在り方(振る舞いや言動)」に関して懸念を感じる点がありました。
特に社内においては、自分の「在り方」が周囲に与える影響力についての意識がやや
低いように感じられました。

私は「彼女の課題はそこだけだ」と思っていました。だからこそ、もったいない。その一点を
乗り越えれば、もっと活躍できるのに。

面談中、そんな想いでフィードバックを伝えました。

しかし、どうも彼女は「課題がある」という私のフィードバックに納得していない様子です。
その時、私の口からついこんな言葉が出てしまいました。

「あなたにはうちの会社でやっていく覚悟が見えない」

一瞬、沈黙が流れました。
そして返ってきた言葉は予想外のものでした。

「そうですか。では辞めます」
面談の終了間際、突然の告白でした。

その瞬間、私の頭に次々といろんな想いが浮かびました。
「言い過ぎた」
「関係性が十分にできていなかったのではないか」
「でも、どう伝えたらよかったんだろう」

私は慌てて予定を確認して最も早く時間を取れる日を探し、面談の2日後に追加の1on1を
設定しました。

ところが彼女からは、
「珠恵さんの責任ではないので、気にしないでください」
と言われ、1on1を断れてしまいました。

■”想い”が相手を動かす

少し時間が空き、翌週に定例1on1の日がやってきました。

ー彼女は今、何を思っているのだろう。
どこか居心地の悪さを感じながらも、私はその場で自分が本当に思っていることを彼女に
伝えました。

「このポイント”だけ”なのに」
「本当にもったいない」
「なんなら腹立だしいくらいだ」
「私は、あなたを引き上げることにエネルギーを使いたいと思って話している」

気づけば私は彼女への”評価”ではなく、自分の”想い”を言葉にしていました。すると
彼女の表情が少しだけ変わったように見えました。

後日、彼女はその時のことをこう振り返ってくれました。

「私が『辞めます』と言った時、『ごめん、私の伝え方の問題だった』と言って
くれましたよね。そしてスケジュールがパンパンなのに、どこを空けたんだろうと思う
くらい、すぐに1時間の1on1を設定してくれました。私は珠恵さんが忙しいのを知っていた
ので、そこまでする必要はないと思って断りました。・・・・・・でも実は、その切実さを
行動に胸を打たれていました」

さらに、こんなことも話してくれました。

「その行動と、次の1on1で言ってくれた言葉がつながったんです。自分が自分を諦めようと
思っても、自分を諦めないでいてくれる人がいる。そのことに、驚くほど力をもらいました」

■関係性を強固にするもの

今、彼女は会社の中心で活躍し、以前にも増して目を輝かせながら仕事をしています。

振り返ってみると、彼女を動かしたのは、面談で伝えたフィードバックではなく、その後の
私の行動でした。

自分の伝え方に向き合ったこと。
もう一度話したいと時間を確保したこと。
そして、「あなたを引き上げたい」と自分の想いを率直に伝えたこと。

つまり、「私はあなたを諦めていない」というメッセージだったのではないかと思うのです。

かつで私は、関係づくりとは一緒に食事に行くことや、お酒を飲みながら本音を語り合う
ことだと思っていました。もちろん、そうした時間が持つ力を否定するつもりはありません。
しかし、リモートワークが一般化し、価値観も多様化する中で、それだけでは関係を築けなく
なっています。

では上司と部下の関係を強くするものは何なのでしょうか。

今回の経験を通して私が辿り着いた一つの答えがあります。それは、相手の可能性を諦めないこと。
そして、そのことを言葉だけでなく行動で伝えることです。

コーチングも同じではないでしょうか。

相手への興味を持つ。
相手の話を聴く。

こうしたことはもちろん大切です。

しかし、その根底になるのは、「この人にはもっと可能性がある」と信じ続けることなのかも
しれません。

時には耳の痛いことをフィードバックすることもあるし、関係が揺らぐこともある。それでも相手を
諦めず、その人の可能性を信じ続ける。

私は今回の出来事を通じて、関係性とは「好かれること」から生まれるのではなく、
「相手を諦めないこと」から生まれるのだということを学びました。
そして、コーチという仕事の本質もまた、そこにあるように思います。


日本コーチ協会 正会員
伊藤 珠恵