コーチングニュース Vol.274

感情を再選択する

「うまくいっていない役員がいます。やっつけ合う関係性で、恨みもあるかも
しれない。誰もその人に何も言わないので、私が言わなければと思うんです」

ある企業で役員をしているクライアントのAさんが言いました。
Aさんの話からは、苦手な相手との関係性を何とかしたいと思っていることが
伝わってきました。

「ただ、どうしても感情的、攻撃的になってしまうんです」

リーダーの反応と感情的な行動は、自分が思っている以上に周囲や組織に影響を
及ぼします。
おそらく彼女も周囲に与える影響を気にして、感情的・攻撃的になってしまうことに
課題を感じていたのだと思います。

本能的に、人間は脅威を前にすると、反応的に怒りの感情を抱えてしまうようですが、
こうした感情を、私たちはコントロールできないのでしょうか?


感情が生まれるメカニズム

感情は、脳内の扁桃体というところから生まれます。
扁桃体は外の環境から信号を受け取り、それが自分にとって危険か安全か、
何かいいことがあるのかそうではないのかを判断し、危険なら不快、安全なら
快というような感情を引き起こします。

また外的な環境だけでなく、自分の体内の状態からも情報を得て感情を生み出して
います。

つまり、環境からの刺激に対する反応、それがわかりやすく表出したものが、感情と
言えるのかもしれません。

とはいえ、命を脅かすような危険が日々あるわけではない現代で、私たちはどのように
出来事を、自分にとって「危険か、安全か」判断しているのでしょうか?

その判断軸として働いているのが、その対象に対する「意味づけ」です。
私たちは、自らの意味づけに基づいて、出来事や人を自分にとって「危険か、安全か」と
評価、判断します。
そして、それが私たちの感情を生み出しているのです。

つまり、どんな意味づけをするかによって、私たちに生まれる感情は変化します。
初対面の人に会うときに緊張しやすいか、あるいはワクワクするかなど、同じ出来事に
対しても、すべての人が必ずしも同じ感情を抱くわけではない理由がここにあります。

これは言い換えれば、意味づけが変われば、生み出される感情も変わることを意味します。
感情はあまりにも反応的であるために、自分ではコントロールができないと思いがちですが、
実はそうではありません。
私たちは、物事にどういう意味付けをするかを選択することができます。

それは「刺激」と「反応」の間に「選択の自由」があるからです。
<刺激→反応>ではなく、<刺激→選択→反応>というように、間に「選択」がある。
刺激に対して自分がどう思い、どう捉え、どう行動するかは自分次第だということです。
それによって、私たちの感情や行動は180度変わります。


自分の「箱」の存在に気づく

しかし選択をするには、まず自らがどんな意味づけをしているかを知る必要があります。

米国の組織行動学・心理学・認知科学教授であるリチャード・ボヤツィスは、意味づけを
行う機能を「箱」にたとえます。
彼のいう「箱」とは、私たちの頭の中にある自分の箱(アイデンティティ、価値観、信条、
偏見、憶測など)です。彼は言います。

「箱から抜け出して考えてほしい。…そう思っても、彼らは箱の存在にさえ気づいていないのだ」

つまり、それだけこの「箱」、自分がどんな意味づけをしているかに気づいていない人が多いと
いうことです。
ボヤツィス博士は、もし私たちが「自分の箱」に気づくことができれば、刺激に対する反応を
選択できるようになると言います。

箱の存在に気づくには、「私は何を見ているのだろう?」「私の何がそうさせているのだろう?」
と問いかけ、自分がどんなふうに目の前の人やコトを見ていて、どのような物語を作って
いるのかを丁寧に紐解いていく作業が必要となります。


感情を再選択する

自分を紐解くための非常に有効なツールとして、360度アセスメントがあります。

Aさんは、冒頭の会話の後にこのアセスメントを実施しました。
結果レポートには多様な情報がありました。中でも、最も信頼している部下と思わしき
メンバーからのフィードバックはAさんの頭の箱を揺り動かしたようです。

・人の好き嫌いや一方的なバイアスを感じるときがある
・客観的・フラットな見方をしてもらえるとより仕事がし易くなる

私は「このレポート結果が、Aさんに伝えていることは何だと思いますか?」と聞きました。

「部下と組織を守りたいという思いが強いということ、そのために私は感情的になって
周囲と闘っていたのだと思います。これまでは自分のふるまいを疑っていませんでした。
だけどむしろ、それが彼らが仕事をしにくい環境を生み出していたんですね。部下にそう
感じさせていたことが、本当に情けなくて…」

Aさんは自身の気づきと思いを吐露しました。
自分の行動を規定している信条、それが及ぼしていた周囲への影響を知り、意図していた
結果とのギャップに気づき、そして、それを手放すことを決めた瞬間でもありました。

「私の目指したい経営は、自分と相容れない役員をやっつける事ではないんですよね。
このあと、ちょうど役員とのミーティングがあるので、まずは信頼関係を創るところ
から始めてみます」

Aさんにとって、この出来事は、自身のリーダーシップスタイルを立場と共に変えていく
ことを、実感した体験となりました。

私たちは、刺激に対する反応を選ぶことができます。
そのためにまずは、自分の頭の中にある箱の存在に気づくこと。反応の理由を知ることが必要です。

・あなたが、感情的になるのはいつ、どのようなときですか?
・なぜ、そのような反応になるのでしょうか?
・その反応は、あなたが成し遂げたいことには、どのような影響を及ぼしているでしょうか?


参考文献:
Marcia Reinolds, Coach the Person, Not the Problem:
A Guide to Using Reflective Inquiry, Berrett-Koehler Publishers, 2020.


日本コーチ協会 正会員
細川綾子