あなたは、コーチとしてどのように成長してきましたか?
その成長は、どうやってわかりますか?
また、あなたは、これからコーチとしてどのように成長していきたいと思いますか?
コーチになりたての頃、私はいかに早くコーチとしての経験値を積み、コーチングスキルを
身につけるかということに目が行きがちでした。
その背景には、いち早く自分が「できるコーチ」「価値があるコーチ」であることを証明したい
という思いがありました。
もちろん経験値やスキルはとても大事だと思います。
しかし最近は、「それだけではコーチとして成長したといえないのではないか」と思うことがあります。
今回は「コーチとしての自己成長」について私自身の体験も交えて、成人発達理論の観点から
考察してみたいと思います。
コーチングがうまくいかない理由
海外拠点長のコーチングをし始めた頃のことです。
クライアントとのコーチングがどうもうまくいっていないと感じることがありました。
セッションの中で既存の枠を超える視点や選択肢が出てこないことが多くなったり、クライアントからも
「何さんと話していると、自分ができていないというプレッシャーを感じる」とフィードバックを
もらうことが多くなったりして、お互いにとってコーチングの時間が苦しいものになっていました。
うまくいかない経験を繰り返すうちに、私は原因が自分のアプローチにあるのではと思いはじめました。
そこでメンターコーチとの時間で、自分がクライアントとのセッションで感じている違和感をすべて
吐き出しました。
その過程で、私は自分がある前提を持ってそのクライアントに関わっていることにに気づきました。
それは「海外拠点長は立派なビジョンを周りに示さなければいけない」「海外拠点長はその土地の言語や
文化に詳しくならないといけない」という自分の勝手な思い込みです。
そのことに気づき、今度は自分がなぜクライアントに対して「海外拠点長のあるべき論」を
押し付けているのかについても探求しました。
その過程で、「あるべき論」をクライアントに押し付けている2つの理由があることに気づきました。
一つは、自分がコーチングで相手に新しい変革を起こせる自信がなかったために、自分の
「海外拠点長はこうあるべき」を押し付けていたこと。
もう一つは、「相手は拠点長だから、これくらいはできるだろう」という相手への過剰な期待を
持っていたことです。
私は自分を振り返ることによって「自分の中にある前提を脇に置く」と決心しました。
その日を境に、そのクライアントとのコーチングでは、自分の中にある前提や相手への期待を手放し、
相手と正解のないことを一緒に探索できるようになりました。
例えば、次のような問いが生まれました。
・海外拠点長はそもそもどういう存在なのか?
・海外に行く前に、あなたが日本に置いておきたい価値観は何か?
・あなたは海外経験というチャンスをどう活かしたいのか?
・あなたは自分のどんな可能性を見たいのか?
・海外駐在が終わった頃に、あなたはどういう風景を見ているか?
クライアントも自分も新たな視点や解釈を手に入れて、コーチングの時間が苦しくて重たいものから、
未来に向かう楽しいものになったのです。
自己成長を意識的に追求する
「クライアントと向き合うとは何か?」
「クライアントの可能性を信じるとは何か?」
「コーチとしての価値は何か?」
こうした問いを重ね、自分の内にあったものを言語化することは、コーチとしての自己成長や
学びを深めることができます。
コーチの成長を理解するうえで、ジャック・メジローの変容的学習理論は有用です。
この理論に即してみると、コーチは以下のプロセスを経験します。
混乱する状況: 既存の知識や信念では対処できない状況に直面する
批判的省察: 自己の前提や信念を批判的に検討する
新しい視点の探索: 新たな視点や解釈を模索する
新しい理解の統合: 新しい洞察を実践に統合する
成人発達理論の観点でみると、コーチの成長は単なるスキルの蓄積ではなく、自分の物事の捉え方や、
自分の内側で起こっていることを認識し、それらを様々な角度から検討するプロセスを経て、改めて
世界を捉え直し再構築していくことだと言えます。
特にこのプロセスの中では、コーチがいかに自身の現状を意識でき、自己成長を促進していけるかが
大事になります。
コーチが自身について言語化して探求していく過程において、メンターコーチやスーパーバイザーは
非常に重要な役割を担っています。
私の経験を踏まえると、コーチは以下のアプローチをとることができると考えます。
継続的な自己省察: 定期的に自己の実践、信念、価値観を振り返る機会を設ける
多様な経験: 様々なクライアントや状況に触れることで、視野を広げる
スーパービジョン: 経験豊富なコーチからガイダンスを受け、自己の盲点に気づく
理論と実践の統合: 最新の理論や研究成果を学び、実践に統合する
コミュニティへの参加: コーチング・コミュニティに積極的に参加し、他者との対話を通じて成長する
コーチとしての真の成長は、自己と他者、そして社会全体との関係性をより深く理解することにあります。
私はコーチの自己成長は終わりのないジャーニーだと感じています。この成長プロセスを意識的に
追求することで、コーチはより効果的にクライアントの変容を支援し、同時に自分のなかに眠っている
能力を最大限に発揮することができるのです。
参考資料:
・キーガン, R.(著) 、池村千秋(訳)
『発達の基本構図―身体化された心から脱身体化された精神へ』、誠信書房、2013年
・キーガン, R.、レイヒー, L. L.(著)、池村千秋(訳)
『なぜ人と組織は変われないのか―ハーバード流 自己変革の理論と実践』、英治出版、2013年
・メジロー, J.(編著)、金澤睦・三輪建二(監訳)『おとなの学びと変容―変容的学習とは何か』
鳳書房、2012年
・三輪建二(著)、『おとなの学びを拓く―自己決定と意識変容の学習論』、 鳳書房、2009年
日本コーチ協会 正会員
何穎文
コーチングニュース Vol.270
2025年05月28日