コーチングニュース Vol.285

主体性は、得るものではなく、内側から立ち上がるもの


「プロパーとして、このポジションに就くことが1つのゴールだった」
「ここから先は自信もないし、どこを目指すのかハッキリしていない」

ある企業の子会社で、プロパー社員初の役員となったAさん。
それまでの社長や役員は、親会社からの出向者であることが前提でした。

そんな中、Aさんは「上司・組織・顧客の期待を正確に読み取り」、「期待以上のものを返すことで
信頼を獲得し」、結果として「個人も組織も成長させてきた」という自負を持ちながら、順調に
ポジションを得てきました。

Aさんは今の仕事のミッションや普段やっていること、どのようにやっているのかは雄弁に
語ってくれます。その一方で「なぜAさんはそれをやるのか?」 「Aさんにとっての価値は何か?」
という問いや、未来の姿についての問いには、突如として言葉を詰まらせます。
自分自身の言葉や思いが出てこないのです。


■今、多くのリーダーの中で起こっていること

Aさんだけではありません。コーチングセッションでミドルリーダーたちと話していると、

・成果は出ているが、手応えがない
・忙しいが、日々情熱を感じられない
・誰かの期待を満たすほど、自分が空洞化する
・期待には応え続けている。しかし、それが未来に繋がっている感じがしない

といった、言葉にならない思いや焦燥、ジレンマ、諦めといった感覚が伝わってくる
ことが多々あります。

千葉ロッテマリーンズの元監督、吉井理人氏は『機嫌のいいチームをつくる』の中で、こう述べています。

「常々思っていたのは、主体性と自主性には違いがあることだ。それぞれの言葉の意味を見ると、次の
 ように説明されている。

・主体性 ―自分自身の意思や判断に基づいて行動を決定する様子
・自主性 ―当然になすべきことを、他人から指図されたり、他人の力を借りたりせずに、自分から
 進んでやろうとする様子

このように、主体性と自主性は、明確に意味が違う。主体性には自分の意思や判断が<含まれているが、
自主性には含まれていない」

日本企業では、長期雇用や役割階梯が確立し、暗黙の期待も共有されてきました。期待に応えることで
成長するモデルにおいては、役割が上がったり、変化したりすれば、成長を期待できます。一方で、
それ以上の役割がない段階に到達すると、成長も止まりやすくなります。

多くの日本人は会社方針に従い、自主性を持って一生懸命働いてきました。しかし現在は、市場や技術、
顧客ニーズが急変し、上位者でさえ部下に対して「期待すべきこと」を明確に定義できない状況です。
過去の成功が次の正解にならない状況が続く中で、一人ひとりにキャリアの自律が求められるように
なったいま、足踏み感を感じている人は、意外と多いのかもしれません。
「次に進む意味」が、自動的には与えられなくなっているからです。


■主体性はいかにして生まれるのか?
Aさんとのセッションでは、次のような問いでたくさん話をしました。

Q なぜ、Aさんはそれをやろうと思ったのか?
Q それは、Aさんにとって、何を守る行為か?
Q なぜAさんは、それを「正しい」と思っているのか?
Q「Aさん自身にとっての」価値は何か?

「Aさん自身は、どんな価値観に基づいて仕事をしているのか?」を中心に探索していったのです。

このプロセスを共にする中で、Aさんの中では、少しずつ「何が不安で先が見えなくなっていたのか」
「自分の基準や大事にしたい思いは何なのか」がクリアになっていきました。

最終セッションでは、「今この立場にいる自分を活かしたい。そして、自分のみならず社員とともに
より強くなり、地域一番の会社にしていきたい。そんな気持ちが明確に自分の中に生まれています」と
語ってくれました。

現代のリーダーたちに生じている課題感は、個人の意欲やモチベーションといった単純な問題では
なく、「発達段階の移行」のフェーズと捉えることが出来るかもしれません。
『なぜ人と組織は変われないのか』という本で、著者のロバート・キーガン氏は成人発達理論の中の
「知性の三段階」を紹介しています。

・環境順応型知性(成人出現率59%):周囲の環境に応じて知性が形成され、指示待ちの状態
・自己主導型知性(成人出現率40%):自分の価値観や判断基準を持ち、自律的に行動できる段階
・自己変容型知性(成人出現率1%未満):自分の価値観を確立しつつ、周囲の意見を受け入れ、
 柔軟に対応できる段階

環境順応型知性から、自己主導型知性へ。

これは、判断の拠り所を「会社や上司の期待」から「自分の価値基準へ引き取れるか」という、人と
しての成熟度の問題として捉えるということです。

主体性とは、周囲の期待に応えることを否定するものではなく、期待の“意味づけ”を「自分の側に
引き取ること」と言えるかもしれません。また、主体性とは獲得するものではなく、「意味づけの
OSを切り替える」という言い方がフィットするようにも思います。

「私は何を大切にしてこの期待に応えているのか」を自分の言葉で引き取った瞬間に、主体性は
「求められるもの」から、自分の内側から立ち上がるものに変わります。

【参考文献】
ロバート・キーガン&リサ・ラスコウ・レイヒー(著)、
   『なぜ人と組織は変われないのか』、英治出版、2013年
吉井理人(著)、『機嫌のいいチームをつくる』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2024年


日本コーチ協会 正会員 細川綾子