コーチングニュース Vol.280

関係づくりがトランジションを加速させる

新しい役割を担ったとき、多くのリーダーはまず「早く成果を出さなければ」と思うのでは
ないでしょうか。
これは責任感や使命感の表れであり、とても自然なことだと思います。

しかし、コーチングの現場で多くのリーダーと向き合ってきた私は、そこに一つの落とし穴が
あることを実感しています。

昇進や配置転換、赴任など、新しい役割や環境に移るときに起きる変化のプロセスを
トランジションといいます。

これまでのやり方や価値観が通用せず、「今まで通り」ではうまくいかない。
本人は「これまでのやり方」と「新しく求められるやり方」の間で揺れ動きます。
だからこそ、成長の大きなチャンスである一方で、つまずきやすい時期でもあるのです。

そしてこの時期にいる人は、どうしても「成果」に気持ちが傾いてしまうように思います。
責任を果たしたい、早く信頼を得たい、不安を払拭したい…そんな思いが強まるからです。
加えて、組織の評価は短期的な結果に偏りやすく、「成果を出さなければ」とさらに
思い込んでしまうのではないでしょうか。

けれども、私はクライアントに対峙していてこう感じています。

トランジションの立ち上がりで本当に大切なのは「成果」より「関係」だと。
信頼があるから人は協力し、協力があるから成果が出る。
関係をおろそかにしたまま成果を追えば、周囲はついてこず、かえって成果は遠のいていきます。

自分への期待を聞きに行く

トランジションを扱うコーチングでは、最初に「上司に、新しい役割に対する期待を
直接聞きに行くこと」を<実施します。実はこれが驚くほど行われていない現実を見てきました。

リーダーは「自分の役割は成果を出すことだろう」と推測して動き出し、上司もまた「自分の
期待は伝わっているはず」と思い込んでいて、すれ違いが起こりやすいのです。
そして上司からどんなことを期待されているかを知らないままでいると、「自分はどう思われて
いるのだろう」と相手の頭の中を読み続け、自分のエネルギーを下げることもあります。

ある新任部長もそうでした。
彼が着任後に立てた計画には「中期経営計画の数字を達成する」「新規事業を開発する」といった成果、
業務目標が並んでいました。
もちろん、業務目標は大切です。
けれども、それを実現するための「関係性づくり」の視点は、ほとんど入っていませんでした。

彼は上司と一時間以上にわたり、自分に何を期待しているのかを率直に尋ね、意見交換をしてきました。

次のセッションで彼はこんな風に話してくれました。

「上司が自分にそんな期待をしてくれていることを知らなかった。預かった部署の社内での位置づけ、
将来に向けての重要性を再認識できた。そしてなぜそこに自分が任命されたのか、自分のキャリアも
踏まえた期待を聞けたことは、率直に嬉しかった」と。

そこには、部長としての自信と覚悟が一段と深まった彼がいたように思います。

その後のセッションでは、それまで彼の中でぼんやりしていた、この部署をどうしていきたいのか、
自分はここで部署のメンバーと何を成し遂げていきたいのか、そして会社にどう貢献していきたいのかを、
より饒舌に話してくれました。
そしてそれをメンバーや周囲の関係者とも話し、一緒に取り組む仲間を増やしていきました。

実際の成果が表れてくるのはまだ先でしたが、上司との関係づくりをしたことで、彼は自分のビジョンを
より自由に語れるようになり、それが部下や周囲との関係づくりにもつながっていったのです。

「成果」への近道は「関係」に意識を向けること

この経験を通じて私があらためて思うのは、トランジションの時期だからこそ、目に見える「成果」より、
目には見えない「関係」に意識を向ける必要がある、ということです。
上司に期待を尋ねるという一見シンプルな行動は、実は相手と関係を結び直す大切なきっかけになります。
そしてそのつながりが、チームや組織全体の成果へと波及していくのだと思います。

マイケル・ワトキンスも『90日で成果を出すリーダー』の中でこう述べています。

「新任リーダーにとって最初の90日間が決定的に重要である。その成功は、成果を出すことではなく、
学習と関係構築のスピードにかかっている」
また、ダン・サリヴァンが『Who Not How』で語る「どうやるかではなく、誰とやるかを問え」という
言葉も、この文脈に重なります。

トランジションの初動で本当に大切なのは、成果を焦らず「関係」から始めること。
これは決して遠回りではなく、むしろ成果への近道ではないかと感じています。

だからこそコーチとして、クライアントが「どう成果を出すか」と焦っているときに、こんな問いで
話してみたいのです。
「今、どんな関係を築くことが未来の成果につながるのでしょうか?」


日本コーチ協会 正会員
目黒裕子